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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)165号 判決 1987年4月20日

原告

東本春子

右訴訟代理人弁護士

谷五佐夫

土谷明

被告

圓井一示

右訴訟代理人弁護士

竹村仁

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三一〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五七年四月二六日、肩書住所地の自宅において、畳上でつまづき左手を畳についた際、左前腕骨を骨折した(以下「第一回骨折」という。)。

そのため、原告は、同日、整形外科医である被告医院を訪れ、診療を受けた。

その後も原告は被告医院において第一回骨折の治療を受けていたが、右骨折部位の整復治療後、原告は、被告の紹介で、柔道整復師で美章園接骨院を経営する増田洋(以下「増田」という。)方で、いわゆる後療法を受けていた。

2  原告が、同年一〇月二日、増田方において、後療法として、同人の助手である青山寿輝(以下「青山」という。)よりマッサージを受けていたところ、同人が、原告の左上腕に無理な力を加えたため、原告の左上腕が骨折した(以下「本件骨折」という。)。

原告は、本件骨折後、畠山整形外科医院において治療を受けたのにもかかわらず、茶碗を持つことができず、上腕が不十分にしか上がらないなどの後遺症を残している。

3  被告の注意義務違反

(一)(1) 原告は、被告医院で第一回骨折の治療を受けた当初から骨粗鬆症に罹患していた。

(2) 被告は、右罹患の事実を知つていたのであるから、増田に対し原告を紹介する際に、右罹患の事実を告げ、適切な施術方法を指示すべき義務があつた。

(3) しかるに、被告が右義務を果たさなかつたので、増田が、原告に対し、原告は骨粗鬆症に罹患していないとの前提で通常の骨折後の後療法を施した結果、本件骨折を惹起せしめた。

(二)(1) 仮にそうでないとしても、原告は、本件骨折当時、六七歳の女性であり、第一回骨折当時、原告の左上腕部には軽度の骨萎縮がみられ、被告はそのことを知つていた。

(2) しかして、骨萎縮は、その進行について、骨萎縮があるかないかだけではなくて、その程度が問題となりうる。ある種の場合には、骨萎縮の程度が急速に進行する可能性がある。急速に進行する場合として、骨折、捻挫、打撲あるいは精神的なストレスがあつた場合が考えられる。また、高齢者の場合には若年齢者に比べ急速に進行することが多い。さらに、性別については、ある種の骨萎縮においては、女性の方が男性に比べ急速に進行しやすいこともある。

(3) したがつて、六七歳の女性で左上腕骨について軽度の骨萎縮が存在する原告については、骨萎縮の状態が急激に進行する可能性が大きいのであるから、後療法の段階に入つても、整形外科医である被告としては、定期的に診療し、必要があればレントゲン撮影をなし、患者の骨の状態を検査し、かつその結果を後療法施行者に説明すべき義務があつた。

(4) すなわち、骨萎縮の状況、程度については、レントゲンを撮る以外に知る方法がないところ、柔道整復師は、法令上、レントゲンを撮影することを禁止されているから、もし整形外科医に右注意義務がないとすると、後療法の段階では、柔道整復師が、患者の骨の状況に関して、いわば盲目の状態で後療法を施すことになり、極めて危険である。

また、骨萎縮は、骨折のみならず、単なる捻挫、打撲程度でも急速に進行することがありうるのであるから、右捻挫、打撲が、高齢者の日常生活において頻繁に生じうることに鑑みれば、右注意義務は肯定されなければならない。

(5) しかるに、被告は、右注意義務を果たさなかつた。もし被告が右注意義務を果たしていれば、原告の本件骨折時点での骨の状態を事前に発見し、本件骨折を避けることができた。したがつて、以上いずれにしても被告に過失のあることは明らかである。

(三) 仮に、被告において原告の左上腕骨の軽度の骨萎縮が存在することを知らなかつたとしても、被告は、原告の左前腕骨については少なくとも病名に挙げる程度ではないとしても軽度の骨萎縮があつたことを知つていたのであるから、被告について前記(二)同様の注意義務が肯定されて然るべきである。

(四) 原告と被告との間には、昭和五七年四月二六日、骨折の診断・治療を目的とする準委任契約が成立し、被告は過失により原告に対して本件骨折及び前記後遺症を負わせたのであるから、債務不履行責任に基づき、原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

(一) 入院、通院による慰謝料

金一〇〇万円

原告は、本件骨折により、昭和五七年一〇月二日から同年一一月二一日まで五一日間畠山整形外科に入院し、その後症状固定に至る昭和五八年四月二六日まで五か月間通院した。

右入、通院により原告の被つた精神的苦痛を慰謝するには、その慰謝料額は金一〇〇万円を下らない。

(二) 後遺症による慰謝料

金一六〇万円

原告は、本件骨折により左上腕が十分上らず、一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すものとなつたのであり、後遺症の障害等級でいえば、少なくとも一二級に該当し、これにより原告の被つた精神的苦痛を慰謝するには、その慰謝料額は金一六〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用 金五〇万円

原告は、本件訴訟の提起・追行を本件訴訟代理人に委任し、着手金、費用を含めて金二〇万円を支払い、報酬として金三〇万円の支払を約した。

よつて、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、右損害合計金三一〇万円及びこれに対する本件骨折事故発生の日の翌日である昭和五七年一〇月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

<中略>

理由

一第一回骨折から本件骨折までの経緯について

原告が被告医院で第一回骨折の治療を受けたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和五七年四月二六日、自宅の居間の畳の上でつまづき倒れて左手首付近を飯台の角に当て、そのため左手の甲が上に反り、左手首の関節がスプーンのように腫れあがつた。

そこで、原告は、直ちに、近所にある美章園接骨院へ行き柔道整復師の増田に診てもらつたところ、左撓骨遠位部骨折であるとして、増田から上腕の真中から指の第一関節までシーネ(簡易な固定具)を当て手首を湿布するなどの応急手当を受けた後、増田方に勤務する柔道整復師の青山に付き添われて、被告医院へ行き、被告の診察を受けた。

被告は、シーネをつけたまま原告の左前腕部のレントゲンを撮るなどして診察した結果、接骨の末端部で骨梁の乱れがみられ、撓骨と月状骨との関節面が正常な角度の逆になつていたことから、左前腕骨々折と診断し、その治療として、上腕神経叢を麻酔(クーレンカンプ)し、原告をベッドに寝かせて、肘を直角にして左上腕を直角に側方に上げ、手関節を尺骨側へ強く曲げ、尺骨の端を梃として撓骨を引つ張り出し、その後、掌側へそのまま引つ張りながら曲げていくという操作をすることによつて、右関節面の異常を矯正し、正常な関節面をつくり、その状態でギプス固定をした。

その後、被告は、再度左前腕部のレントゲンを撮り、撓骨の軸が真つ直ぐになり、正しい関節面となつて、整復が成功したことを確認した。

なお、被告は、原告の左前腕部のレントゲン撮影の結果、左前腕骨に軽度の骨萎縮(骨量の減少)があることを知つたが、原告の年齢などからして特に病名として挙げる程のものではなかつたので、診察録にも記載せず、原告ないし青山にもこの点を告げなかつた。

2  翌二七日、原告、増田及び青山は、原告の今後の治療方針の指示を受けるべく被告医院を訪れたところ、被告から腫れ、関節のむくみ等を観察するようにとの指示を受けたが、原告が骨粗鬆症あるいは骨萎縮に罹患しているとの指摘は受けなかつた。

その後、原告は、ギプス固定していると関節の拘縮が当然生ずることから、それを予防除去するために、増田方で患部に電気をかけて血行を良くするなどの整復後療法を受けていた。

3  原告は、同年五月一四日、及び六月一日、被告医院を訪れて診察を受け、被告は、左前腕部のレントゲンを撮つて、整復が良好に保持されていることを確認したが、骨の修復は未だ不十分であり、ギプスを取ることはできない状態であつた。特に、原告の左手首については、非常に不自然な形で固定されていたので正常な手首の形に戻す必要があつたが、原告が、六月一〇日、被告医院を訪れ診察を受けたところ、被告は、ギプスをはずすことができる状態にまで回復したと判断してギプスを取り、その状態でレントゲンを撮り、クーレンカンプをして、手首の形を正常な形に戻して、ギプス(半ギプス)を新しくやり直した。なお、右レントゲン写真と四月二六日の当初の診察の段階で撮影したレントゲン写真と対比してみると、原告の左前腕部の骨萎縮は極僅か進行してはいるが、通常の老齢者の骨萎縮の程度の域を出ず、この点について、被告から原告ないし増田に対し特段の説明はなされていない。

原告は、その後、被告医院へ行つておらず、増田方でほぼ毎日、整復後療法を受けており、右新ギプスも月末頃被告の指示で増田方で除去された。また、以後被告から増田に対し整復後療法上の留意点等について格別の指示はなされていない。

4  増田は、骨粗鬆症についての一応の知識は有しており、原告が六七歳の女性であることから、骨が脆くなつていることを考慮して後療法を施術しており、青山にもその旨注意し、慎重に施術するよう指示していた。

増田は、同年七月から九月にかけて毎日のように原告に対しマッサージ療法を継続していたが、回復は通常より若干遅く、同年一〇月二日直前の段階においても、左肘は肩まで水平になる程度までも上らず、手首は上下左右に約六〇度しか曲がらず、指は玉子を握つて落ちない程度に回復していた。

5  同年一〇月二日、原告は、増田方で、青山から後療法を受けた。青山は、従来と同様の手順で、まず、原告に左肩関節の前後左右の運動を行なわせた後、左肘関節部の後療法を行なうため、原告と対面し、原告の左肘下に自分の左手を添え、原告の自動運動に負荷を与え、かつこれを抑制する目的で、右手で原告の左手首を軽く握り、原告に左肘を内側に曲げるよう指示した。そして原告が右指示に従いその動作に入り、原告の左手の運動に負荷が加つた時に、「ポキッ」と音がし、本件骨折が発生した。

ところが、普通なら瞬時に激痛を生じるはずであるが、原告は、本件骨折時には痛みを覚えず、「ポキッ」という音がしたので「何か落としたのか。」と青山に聞いた程であつたが、しばらくして、気分が重くなり、寒気がし、痛みを覚えたので、救急車が手配され、即時畠山整形外科(以下「畠山医院」という。)に運ばれた。

以上の事実を認めることができ<る>。<証拠略>

二被告の診療契約上の債務不履行責任の有無について

1  原告は、被告が、原告が第一回骨折当時骨粗鬆症に罹患していたことを知つていたのであるから、増田に対し、右事実を告げ、適切な施術方法の指示をすべき義務があつたのにもかかわらず、右義務を怠つた旨主張するので検討する。

(一)  まず、本件骨折当時の原告の「左上腕骨」の症状について検討する。

(1) <証拠>を総合すれば、原告は、本件骨折後、畠山医院に運ばれ、畠山勝行(以下「畠山」という。)の診察を受けたこと、及び、畠山は、レントゲン撮影をするなど診察した結果、左上腕骨骨幹部骨折、左上腕骨骨粗鬆症、左上腕骨頸部骨折(陳旧性)という診断をしたことが認められる。

(2) ところで、<証拠>によれば、骨粗鬆症は、骨梁が減つて粗くなり、骨皮質が薄くなり骨の内側が減つてくる病気で、本来全身病に用いられる病名であり、これに対し、骨萎縮は、大きくは骨粗鬆症も含むこともあるが、骨の量が減り、カルシウム分が減つて骨がやせてくる病気で、レントゲン写真の影像上は骨量が約四〇パーセント以上減少すると判読可能とされており、部分的症状に用いられることが多いことしかし、臨床家としては、部分的症状にも骨粗鬆症と診断することもありうること(畠山も前記診断において「骨粗鬆症」という用語をこの意味において使用しているものと考えられる。)が認められ、また、前掲甲第二号証によれば、こうした病的症状以外にも一般的に特に女性の場合は更年期を過ぎ高齢になると骨が極端に脆くなり骨折しやすくなることが認められ、他に右各認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) また、<証拠>を総合すれば、畠山医院での、本件骨折直後の原告の両腕のレントゲン写真によると、右上腕(一〇月六日撮影)は黒つぽく写つているのに対し、左上腕(一〇月二日撮影)は白つぽく写つており、左上腕は骨萎縮が病的に進行し、放置できない状況であつたことが認められる。

(4) 以上の認定事実を総合して考えるに、正確な用語例によれば、原告の症状は部分的なものであるから、「骨粗鬆症」とするのは相当でなく、本件骨折当時、原告の左上腕骨は病的に進行した「骨萎縮」に罹患しており、これが本件骨折の原因となつたものと認めるのが相当である。

(二)  そこで次に、右の「左上腕骨」の病的に進行した骨萎縮が、第一回骨折当時にも存したかについて検討する。

(1) <証拠>を総合すれば次の事実を認めることができる。

(イ) 畠山は、本件骨折直後レントゲン写真を撮影したが、それによる診断によれば、原告は、左上腕骨頸部骨折(陳旧性)にも罹患しており、骨折部位に仮骨の形成がみられ、右骨折の修復途中であるところ、畠山が同年一一月七日撮影したレントゲン写真によれば、右骨折はほぼ修復し治つていた。そして、約一か月間の右回復経過から逆算すると、この左上腕骨頸部骨折は、早くて八月以前に罹患したということはない。

(ロ) 原告は、本件骨折より約一か月前の九月三日、路上を歩行中、小学生の運転する自転車に左肩付近を後ろから当てられ、転倒するという事故に遭遇した。原告は、そのころ、ほぼ毎日増田方で後療法を受けていたので、自転車に当てられた左肩を増田に診てはもらつたが、特に治療を受けることもなく、また、骨折の形が饅頭に棒を突つ込んだような形である程度固定されており、高い所の物を取ろうとする動作を除いて食事、洗面等の日常動作ではそう大きな痛みはない程度のもので、当初あつた痛みもしばらくして消えたので、整形外科医の診察を受けることもなく、そのままにしていた。

(ハ) 骨萎縮は急激に進行することもあり、その要因としては、反射性骨萎縮が典型例であるが、捻挫、打撲、精神的ストレスあるいは悪性腫瘍などもありうる。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 右認定事実によれば、被告の診療段階では、もともと「左前腕骨」について病名として挙げる程ではない軽度の骨萎縮の症状がみられたにすぎず、同様に「左上腕骨」についてもその段階では軽度の骨萎縮があつたものにすぎないところ、九月三日に自転車と衝突し、左上腕骨頸部を骨折(第二回骨折)したことを契機として、左上腕部で骨萎縮が反射的に急激に進行したものと認めるのが相当である。

なお、原告本人の供述によれば、原告自身、九月三日、自転車に左肩を当てられたこと自体は認めるものの、その際左上腕骨を骨折したとの自覚症状はない模様であるが、しかしながら、第二回骨折の事実は畠山の前記診断所見からも客観的に明らかであり、本来ならば瞬時に相当の痛みがあるべきところ、前記認定によれば、原告は、「ポキッ」と音がしたのにもかかわらず、何か落としたのかと聞いたというのであり、その後ショック症状があらわれたものの、痛みに対する原告の感覚が鈍いことから、特に自覚症状がなかつたものとも考えられ、右自覚症状の不存在という一事をもつて、第二回骨折そのものがなかつたということはできない。

(3) 以上によれば、第一回骨折当時においても、被告が原告を最後に診察した六月一〇日の時点においても、原告の左前腕骨のみならず左上腕骨も、骨粗鬆症はもちろん、病的に進行した骨萎縮にも罹患していなかつたというべきである。

(三)  よつて、原告が第一回骨折時に骨粗鬆症に罹患していた原告の主張(請求原因3(一))は採用することができない。

2(一)  次に、原告は、被告は第一回骨折当時原告の左上腕部に軽度の骨萎縮があつたことを知つていたのであるから、後療法の段階に入つても、整形外科医として定期的に原告を診察し、必要があればレントゲン撮影をなし、原告の骨の状態を検査し、かつその結果を後療法施行者に説明すべき義務があつたのにもかかわらず、右義務を怠つた旨主張するので、検討するに、前記認定の事実によれば、第一回骨折当時原告の左上腕骨に軽度の骨萎縮が客観的に存したこと自体は認められるものの、第一回骨折は左前腕骨のそれであり、被告は左前腕骨のレントゲン写真しか撮つていないのであり、かつ、左前腕骨には軽度の骨萎縮はあるものの、原告の年齢からすると特に病名として挙げる程ではなかつたというのであるから、被告が、左上腕骨に軽度の骨萎縮があつたか否かを知るに由なく、これを知つていたことを前提とする原告の右注意義務違反の主張は採用できない。

(二)  さらに、原告は、被告において原告の上腕骨に軽度の骨萎縮が存在することを知らなかつたとしても、被告は、原告の左前腕骨については少なくとも病名に挙げる程ではないとしても軽度の骨萎縮があつたことを知つていたのであるから、必要があればレントゲン撮影をして原告の上腕骨の状態を把握し、増田方での後療法に移行した後も整形外科医として定期的に診察し、かつその結果を後療法施行者に説明する義務がある旨主張するので、この点について検討する。

なるほど、<証拠>を総合すれば、柔道整復師はレントゲン撮影をすることが認められていないところ、骨粗鬆症あるいは骨萎縮は外観からだけでは診断が難しく、整形外科医がレントゲンを見て診断するのが最も的確であることは否めない。

しかしながら、被告の診療期間中は、原告の左前腕部の骨折の治療が緊急事であり、原告の左上腕骨については軽度の骨萎縮の状態にすぎず、原告から右箇所の痛み等の訴えは全くなく、外観上も特別異常な症状は見受けられなかつたものであるから、かかる状況下で被告が左上腕骨のレントゲン写真を撮らなかつたとしてもやむを得ないものと認めざるを得ないし、また、その後の措置についても、整形外科医と柔道整復師との関係において、前者が患者について緊急を要しかつ重大な疾患の発生のおそれがあり、その予見が可能な場合は格別、そうでない限り、前者は後者に対し、自己の認識しえた程度での診断ないしは患者の一般状態等を説明すれば足りると思われるのであり、前記認定事実によれば、被告は原告の左前腕部を四月二六日から六月一〇日まで診察したが、症状はその年齢からすれば病名として挙げる程ではない軽度の骨萎縮であり、右期間に特に右症状が進行したということもなく、かつ、特に右症状が左上腕部にまで病的に進行することが窺われるような所見も認められなかつたのであるから、これらの諸事情を総合考慮すれば、本件において、被告に直接の骨折部位以外の部位についてまで前記のような急激かつ異常な骨萎縮の進行まで予想して患者を診察し、これを柔道整復師に説明すべき義務があるということはできない。

(三)  よつて、原告の主張(請求原因3(二)(三))は採用することはできない。

3  以上の次第で、被告には本件診療契約上、原告主張の如き注意義務違反の事実はないものというべきである。

三結論

してみれば、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官小澤一郎 裁判官三井陽子 裁判長裁判官久末洋三は転補につき署名押印することができない。裁判官小澤一郎)

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